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サンタ・マリア・イン・アラコエリ教会

カンピテッリ地区

教会はヴィットリオ・エマニュエーレ記念堂とカンピドリオ広場の間のカピトリーノの丘にあったユノー神殿の遺跡の上に建っている。この名前は、この場所で皇帝アウグストゥスの夢に、子供を腕に抱いた美しい女性が出てきて、「この乙女は人類の救い主を産むだろう。これが神の子の祭壇(アラ・コエリ)である。」という声が聞こえたという伝説からきているそう。”アラ・コエリ”とは、空の祭壇という意味である。

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歴史

最初の建物は6世紀に建設され、周りには修道院があった。もともとカンピドリオと繋がる道のあったこの教会では、セナトリオ宮に近かったこともあり、集会がよく行われていた。1250年にこの教会はフランチェスコ会に任されるようになり、改装されロマネスク・ゴシック様式となった。

1348年に建設された教会へ上る階段は124段で、ローマ市民の寄付によって建設された。ペストの流行から救ってくれた聖母マリアに捧げられ、「感謝の階段」と名付けられた。

フランスに支配されていた時期に、軍の馬小屋として使われており、装飾の一部が破壊されてしまったが、教会が被った最大の破壊行為はヴィットリオ・エマニュエーレ記念堂の建設である。その時、修道院をはじめ聖堂付属施設が取り壊された。

展示されている主な作品

入ってすぐ右側にドナテロ作の「ジョヴァンニ・クリヴェッリの墓」があり、右側廊最初の礼拝堂、ブファリーニ礼拝堂にはピントゥリッキオのフレスコ画「聖ベルナルディーノの生涯」があり、最後から2番目のサヴェッリ礼拝堂ではアルノルフォ・ディ・カンビオ作とされる「ルーカ・サヴェッリの墓」が見られる。

内陣にはアウグストゥス帝の夢の物語が描かれていて、左翼廊、円柱のある小神殿にはアウグストゥスの母親である聖ヘレナの聖遺物が収められている。

床面より低いところには、「アウグストゥス帝に顕れた聖母」の伝説を描いた13世紀のコスマーティ様式の祭壇がある。

左側の最後から3番目の礼拝堂には素晴らしいベノッツォ・ゴッツォリのフレスコ画「パドヴァの聖アントニウス」。

聖なる幼子、サント・バンビーノ

この教会で、一番有名なのは病気を治す力があるとされる「聖なる幼子」の像。

重病患者や死者を生き返らせることができると信じられており、患者の枕元にも運ばれていたそう。奇跡が成されたときには唇が赤くなり、できなかったときには青くなる、と言われている。そのため、よく盗まれており、現在展示されているのはレプリカ。

オリジナルはゲッセマネのオリーブの木で作られていた。

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