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ナヴォーナ広場

名所

住所

Piazza Navona

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概要

ここでは朝から夜まで旅行者や地元の人、また様々なストリートパフォーマーや画家などでいつもにぎわっています。

まず少しこの広場の歴史について。

広場

この広場は完全な楕円形で、チルコマッシモとよく似たつくりをしています。これは30.000人もの観客を収容できたドミティアヌス皇帝(在位81年~96年)の競技場でした。

この競技場はコロッセオのように円形ではありません。ここでは主に皇帝が情熱を持っていた古代ギリシャ起源の陸上競技に使われていました。ちょっと分かりにくいですが、“agones(アゴネス)と呼ばれる競技の名前が変化し、最終的にナヴォーナという名前になったそうです。

ローマ帝国の終わりとともに、この競技場は少しずつ破壊され、1000年くらいには小さな野菜畑、小さないくつかの家とサンタニェーゼ教会しかありませんでした。他のものはすべて破壊されるか地中に埋まってしまいました。

1400年頃から、広場は街の主要な市場が開かれたり、宗教上の行列が練り歩く場所へと変わっていきます。

1600年に大きな変革が起きます。まず、現在はブラジル大使館として使われている巨大パンフィーリ宮が建設されました。そして、中心部にはベルニーニ作の噴水、ボッロミーニが改修したサンタニェーゼ教会ができました。

ローマがイタリアの首都になった1870年、広場全体の舗装工事が行われ現在に至ります。

 

四大河の噴水

1651年ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作です。4つの巨大な像があり、それぞれ4つの大陸の大河を擬人化しています。(ヨーロッパ = ドナウ川、アメリカ= ラプラタ川、アフリカ=ナイル川、アジア=ガンジス川)

噴水の中心にはオベリスクがあります。これは、カラカラ帝がエジプトの都市アスワンからローマに運ばせたものです。中世に一度倒壊しましたが、教皇シクトゥス5世が立て直しました。

ネプチューンの噴水

この噴水は長い間放置されたままで、現在のように整備されたのは1800年の終わりのことでした。他の2つの噴水とのバランスを考え、テーマやサイズを他の2つに揃えて造られました。

中心には海の神、ネプチューンが三又のほこで足にまとわりつく巨大なタコを払いのけようとしています。その周りには少年に導かれる馬、海の怪物と戦っている人魚、イルカと遊ぶ羽の生えた子供の像が造られました。

ムーア人の噴水

パンフィーリ宮の前にある噴水です。1574年グレゴリオ13世によって建設されました。その後、何度か改修されています。

水盤には4つの大きなトリトン(海神ポセイドンの息子)と交互にドラゴンと鷲の像があります。これらモチーフは法王の紋章からきています。

中央の像は、ムーア人が逃れようと体をばたつかせているイルカと戦っている場面です。

サンタニェーゼ教会

この教会も他の教会と同じく殉職者に捧げられたものです。

キリスト教への信仰を最後まで捨てなかった12歳の女の子アニェーゼに捧げられた教会です。304年、ディオクレティアヌス帝統治時に公衆の前で処刑されました。

1600年、この少女が殉職したこの場所にあった教会を、パンフィーリ家のイノケンティウス教皇が再建しました。自分の家の建物があるこの広場が荒れ果てていることが不満で、自分にふさわしい広場へと改築しました。

 

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