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ドムス・アウレア『ネロの黄金宮殿』

ネロ皇帝のドムス・アレリア モンティ地区

紀元前64年の大火の後、オッピウスの丘にネロ皇帝によって建設された豪華絢爛な宮殿で、敷地は80ヘクタールに及ぶ。当時最高の装飾が施された。金と大理石で覆われ、天井はスタッコで飾られていた。

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コロッセオの名前の由来となった巨大ブロンズ像

広大な庭園があり、玄関前には太陽神に扮したネロ帝のブロンズの巨像が置かれ、ギリシアとローマの豊かな作品コレクションが飾られていた。のちに、この宮殿にあった人工池跡地に円形競技場が建てられることになるが、このブロンズの像が側にまだ残っており、あまりに大きい像であったため、イタリア語で巨大という意味のコロッサーレから、この円形競技場はコロッセオと呼ばれるようになった。

この広大な敷地には、コロッセオの他にも、ブロンズの巨像の後にはウェヌスとローマ神殿、祝祭用別荘のあったところにはトラヤヌス浴場が建設された。いくつかの建築物は宮殿を地中に埋めてその上に建てられたものもあった。15世紀に、地下の部屋に通じる地面の穴が偶然発見され、その部屋に描かれていたグロテスク模様はラファエロやミケランジェロなど多くの芸術家に影響を与えた。

ドムスの中の壁には有名な画家ピントリッキオのサインが現在まで残っている。

18世紀から20世紀末まで本格的な発掘が行われた。現在残っているのは150室で、2種類に分けられる。1つは私的な用途で使われた長方形の部屋で、もう1つは八角系の部屋であったと考えられている。それぞれの部屋には装飾に関する名前がつけられている。

グロテスク模様とは

洞窟を意味するイタリア語’grotta’が語源である。なぜ洞窟という言葉が名前の由来となっているかというと、64年のローマの大火の後、長い間放置され地中に埋もれていたこの宮殿で見つかった古代美術ということから、洞窟美術、グロテスク装飾と呼ばれるようになった。この宮殿がまさに名前の由来なのである。

特徴は、人、動物、想像上の動物が、自然法則や本来の大きさを無視して、異様な変化をしている奇妙な模様である。ラファエロがこの模様をヴァチカン宮殿回廊で使用し、復興させた。

黄金宮殿遺跡、限定公開

湿気による損傷のため、現在遺跡は基本的に閉鎖されています。ガイドと一緒のツアーが開催されているので、興味のある人は要チェック。イタリア語、英語、フランス語、スペイン語のツアーがある。

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